2020年12月31日木曜日

第43回 「ミラノ万博と日本酒」 東京都健康安全研究センター 猪又明子

 今年の夏休みに、大学生の息子と二人でミラノに一週間旅行した。「なぜミラノにそんなに長く?」と思われるだろうが、2年前のイタリア旅行の際、行きの飛行機が1日遅れ、ミラノに夜中着、翌日早朝の列車で移動したため、何も見られなかったという、いわばそのリベンジである。

ミラノにはACミランとインテルの2チームが拠点を置くサンシーロスタジアム(正式にはスタジオ・ジュゼッペ・メアッツァ)があり、サッカーファンの息子と私にとって、ぜひとも訪れたい場所であった。また、旅行の時期にミラノ万博が開催されていたので、今まで一度も万博に行ったことのない私達親子は、「せっかくだから行ってみよう。」ということになった。

日本ではあまり知られていないミラノ万博であるが、そのテーマは「Feeding the Planet, Energy for Life」(地球に食料を、生命にエネルギーを)であり、食と農業がメインである。我が日本館は、参加148団体中最も人気のあるパビリオンの一つと聞いていた通り、私達が行ったときは、夕方の人が帰り始める時間帯だったにもかかわらず長蛇の列で、2時間待ちの最終組であった。

日本館のテーマは「Harmonious Diversity-共存する多様性‐」で、日本食や日本食文化の多様性が、食糧問題などの地球規模の課題解決に貢献できるというメッセージを発信していた。地球規模の課題には、もちろん水不足問題が入っており、新しい食材候補としてユーグレナが挙げられているなど、私のような水関係者にとっても興味深い内容であった。

日本館のパビリオン外壁は木組みになっており、非常に目を惹く造りである。その入口には、日本酒の樽でできたオブジェ(?)があり、夜にはライトアップされて美しかった。この前で記念写真を撮る人がとても多く、私も撮ったが、果たしてこれが日本酒の樽だとわかる人は、どれだけいるだろうか?近くに説明等は見当たらなかった。ちなみに、この樽には都道府県の花(写真は神奈川県のヤマユリ)が、都道府県名と共に描かれていた。

日本酒好きの私にとって、日本館の入口に酒樽が堂々と並べられているのは、非常に嬉しかった。和食がユネスコ無形文化遺産に登録された影響なのか、2年前のローマやフィレンツェでは全く見なかった日本料理店が、今回のミラノではよく見かけた。日本館のイベントで、日本酒をふるまう様子をテレビで観たが、かなり好評のようであった。

和食に合う酒は、何といっても日本酒である。和食ブームに引き続き、日本酒ブームも来るのではないかと思う。特に、吟醸や大吟醸といった香りが華やかでフルーティな日本酒は、海外でも受け入れられるだろう。日本でも、最近は若い人たちが日本酒のおいしさに気付き始めたようである。

先日、地元の酒屋さんが主催する日本酒試飲会に初めて参加した。全国から20蔵が集まり、各蔵から5,6銘柄の日本酒が提供された。3時間で全ては試飲できなかったが、半分程度は味わえたと思う。そこで驚いたのは、参加者の多くが意外にも若者(20~30代)で、女性も少なからず(2~3割)いたことである。20数年前に連れられて行った日本酒品評会には年配の男性しかいなかったので、今回もそうだろうと思っていたのだが、予想とは全く違っていた。最近は若者や女性にも日本酒愛好者が増えてきたようで、とても嬉しい。

ご存知のように、日本酒造りには水が重要である。良い酒蔵には、良い水が湧いている。酒造米の生育にも水は欠かせない。美味しい日本酒を造るには、水源の保全が必要であり、既に大手飲料メーカー等では水源保全に取り組んでいる。国内はもとより、海外でも日本酒が飲まれるようになれば、酒造りのための地下水保全や水田耕作が進むのではないだろうか。「日本酒造りは多様で持続可能な未来を切り開く。」なんて、日本館のメッセージに入れたらいいのになあ。

























第44回 「水辺の散歩道 」 群馬県衛生環境研究所 町田 仁

  こんにちは。群馬県の幹事の町田です。バックナンバーを見ますと、前任者がメタボ対策で渓流釣りをしていることを書いていましたが、私も前回の健診で引っかかってしまいました。それで体質改善のため私が選んだのは、一番手軽なウォーキング。幸い地元の前橋市は地方都市のため、ウォーキングする環境には恵まれています(写真上:利根川自転車道 右の水路は天狗岩用水)(写真中:広瀬川遊歩道 右の建物は郷土の詩人萩原朔太郎の記念品などを展示している前橋文学館)。こんな気持ちのいい場所を、音楽プレーヤーで好きなディズニーの曲を聴きながら歩いていると、1~2時間はあっという間に過ぎてしまいます。ただ、休日に歩くだけでは全く体重に変化がないので、平日の昼休みに歩いたり、できる限り通勤も徒歩にしてみました。職場は前橋市街地から赤城山方面にむかったところにあり、やはり自然に恵まれています。昼休みだけだと、せいぜい30分で2.5kmくらいが限度ですが、すぐそばにサイクリングコースがありますので、それなりに気持ちのいい散歩が楽しめます(写真下:桃の木川サイクリングコース)。半年くらい経ちましたが、ようやく効果が出てきたところなので、今年の健康診断に間に合うかは微妙なところですが・・・。しかし、こういった遊歩道などを歩くのと公道を歩くのは、かなり気分が違います。遊歩道はクルマが通らないのと、信号がないのもあるかと思いますが、やはり水辺の景観がいいんじゃないかと思います。みなさんも、地元の「水辺の散歩道」でウォーキングはいかがでしょうか。きっと楽しいと思います。




第45回 「環境との出会い 」 埼玉県西部環境管理事務所 莊埜 純佑

 私は、埼玉県のみどり豊かな山とたくさんの水辺に囲まれた環境の中で育ちました。小学生の頃は、夏休みともなれば日が暮れるまでセミ採りに熱中しそのまま夜はカブトムシを採りに出かけたり、近所の沼に行ってはザリガニ釣りやドジョウつかみに夢中になったりと自然を大いに満喫していました。

 そんな自然豊かな環境の中で育った私ですが、中学生の時に「総合的な学習の時間」で学校のそばを流れる川の水質を地域の方々と一緒に調査しました。調査は、試薬の入ったチューブの中に水を吸い込ませ水の色の変化で汚れ度合を調べるというものでした。川の水は上流域ということもあり汚れてはいませんでしたが、一緒に調べた台所排水はすごく汚れていました。そんなことは頭では分かっていましたが、水の汚れ度合を色で判断するということが面白いと思ったことを覚えています。この体験が、これまで漠然と接していた「環境」を、測ったり改善したりするという具体的な興味の対象として意識するようになるきっかけとなりました。

 それから、高校では化学に興味を持ち、大学で環境科学を学んだ後、現在は埼玉県の職員として環境部で働いています。

 県の職員になるにあたって分かったことですが、埼玉県は海なし県でも実は県土面積に占める河川の割合が3.9%で日本一、さらに鴻巣市と吉見町の境を流れる荒川の川幅が2,537mとこちらも日本一でした。ただ、水辺環境に恵まれた埼玉県ですが、県内には国土交通省が発表している一級河川の水質測定結果ワースト5常連の綾瀬川や中川も流れているのです。

 このような特徴と課題を抱える中で、県では川の再生に取り組んでいます。この取組みでは、土木工事によるハード面での親水空間の創出なども行っていますが、地域住民との連携・協働に重点を置いています。計画段階から地域住民の方々の意見を取り入れ地域の実情にあった川づくりを進めるとともに、地域住民と一丸となった生活排水対策も行っています。私はこの取組みにおいて、ソフト面での支援という形で川の再生活動をされている方々と直接接することができました。活動されている皆さんは、川への愛情に溢れ、より良い川にしようと一生懸命活動されており、そのやる気と行動力には圧倒されました。おそらく、川をきれいにしようと頑張っている方々の熱意も埼玉県が日本一だと思います。

 きっと、小学生だった私に水質調査を教えてくれた地域の方々も、熱意を持って接してくれたのだと思います。その結果、今では逆に私が学校の授業などで子供たちに環境の大切さを伝える立場になってきました。もしかしたら、私の話を聞いて私と同じように環境に興味を持ってくれる子供が出てきてくれるかもしれません。将来、そんな子供たちが大きくなって、より良い環境づくりのために机を並べて一緒に仕事ができる日がきたらいいなあと思います。



第47回 「水草のある風景」 東京都環境科学研究所 石井裕一

 日ごろの行いが良いからか、とある研究資金を獲得することができ、陸水域の水生植物、いわゆる「水草」に関する仕事を始めることになりました。 当研究所では1992年から96年にかけて、都内の約70の河川・用水路等を対象に水草の生育状況調査をしておりましたが、事業はそこで終了。実に20年ぶりの調査の再開になります。 普段私は沿岸域の干潟や河川河口などの汽水域をフィールドとした仕事に勤しんでおりますが、妻が近所の博物館で水草に関する仕事をしていることもあり、門外漢ながら前々から興味だけは持っていました。 とは言うものの、そこはやはり素人。20年前の調査報告書を開いてみても、「セキショウモ」「ホソバミズヒキモ」「アイノコイトモ」・・・。 末尾の「モ」が「藻」であろうこと以外はランダムなカタカナの羅列にしか見えません。幸い当時の調査を担当された先輩研究員がまだ在籍しており、研究応募の段階から全面的にご協力いただきながら、なんとか調査をスタートさせました。

 水草の調査はなかなか楽しいものです。一般的な方法かどうかは判りませんが、水辺にアプローチできる場所では胴長を履いて間近で観察。護岸が高く川に降りられない場所では上から双眼鏡で水中や水辺の「緑」を覗き、名前を言い当てるクイズのような感じです。同行いただいた先輩研究員の指導を受けつつ、回を重ねるごとに私の目も肥えてくると、クイズの正解率もさることながら、「ホザキノフサモ=穂咲房藻」「サジオモダカ=匙面高」「ナガエミクリ=長柄実栗」などカタカナから漢字や植物の形を自然とイメージできるようになってきました。今回の調査結果を20年前と比較してみると、レッドリスト掲載種が数多く消失していること、緊急対策外来種とされている種が分布を拡大していることなど、事前に予想されたとおりの結果となっていました。 水草が生育するきれいな水辺のある公園では、小さな赤ちゃんを連れた家族が、目の前のせせらぎを見ながらお弁当を食べています。小魚でもいるのでしょうか。真っ黒に日焼けした子供たちが、網を持ってバシャバシャと小川の中を歩いています。何気ない日常の風景ですが、何となく心を癒され、調査を終えました。

 調査結果の整理も一段落した頃、出張明けに研究所に出勤すると、私の机の上に1枚のDVDが置いてありました。手に取ってみると手書きの文字で「水草のある風景」。早速中を確認すると、20年ほど前のテレビ番組の録画のようで、今回の水草調査にご協力いただいた先輩研究員の若かりし頃の姿がありました。都内の水域を水草の解説をしながら巡る番組のようです。途中、水辺を散歩する家族連れや、網で魚取りをする子供たちが映し出され、聴き手役のリポーターが「こういう風景、あまり見かけなくなりましたねぇ。」と、しみじみと伝えていました。 それから20年経った今、当時と同じような風景を都内でもまだ見ることができます。ゆっくりと時間が流れる「水草のある風景」が、20年先、さらにその先まで残り続けることを願っています。



第46回 「“浄化槽”との出会いから20年・・・ 」 東洋大学 理工学部 都市環境デザイン学科 山崎 宏史

 持ち回りで書いているこのリレーエッセイ、何を書こうかと、過去のリレーエッセイをあらためて読み返すと、他の幹事は、小さい頃に水辺で遊んだ体験や日常生活の中での?に気づく能力を持っているのだなぁと、つくづく感心してしまった。私はと言えば、小さい頃に水辺で遊んだ記憶もあまりなく、また、昨今指摘されている大学を卒業するまでに、自分のやりたいこと、自分に適したこと、を見つけられなかった学生であったと思う。就職に関しても、業界や会社の下調べも十分せずに、いくつかの会社の入社試験を受けてしまった。時代が変わり、インターネットが普及しているとはいえ、よほど、今の大学生の方が、入社試験を受ける会社のことをよく調べていると思っている。

 さて、そんなこんなで選んだ会社が浄化槽メーカーであった。しかし、そもそも“浄化槽”とは何なのか?具体的なイメージが出来始めたのは会社説明会の頃で、実家に浄化槽(単独処理浄化槽)が埋まっていることさえ、当時は知らなかった。しかし、この“浄化槽”との出会いが、私の人生を変えるものとなった。実際、“浄化槽”の開発に携わってみると、実に面白い。思った通りにならないのである。その失敗を謙虚に受け止め(上司に怒られつつ)、なぜ、思った通りにならなかったのか?を考え、さらに、上司や同僚からのアドバイスも聞き、次の開発に繋げる。この様な作業を繰り返しながら、なんとか製品化できた時の喜びは格別である。しかし、その喜びもつかの間、今度はその製品が、毎日、数多く工場から出荷されていくのを見ていると、それらの製品が、実現場に設置された後、ちゃんと機能しているか不安になってくる。そんな思いも抱えながら、また、次の“浄化槽”開発をスタートさせるのである。

 それから約20年、立場も浄化槽メーカー職員から、第三者性能評価試験機関を経て、現在、大学の教員へと変わった。業務内容は、その都度変わったが、これまでと同様、現在も“浄化槽”と付き合っている。

私は、現場の最前線で働いている人達の話を聞くのが好きだ。下水道の終末処理場を管理している方に話しを聞くと、「処理水質が悪化してきた時に、どういう運転をすると改善できるのかを考えることに楽しみを感じる」と言う。浄化槽の法定検査を実施している方に話しを聞くと、「ライフワークは維持管理技術の開発です」と答えが返ってくる。この様な方々と話をすることは、私の新たなモチベーションとなっている。浄化槽の維持管理を何十年としている“おっちゃん(親しみを込めて・・)”に話しを聞くと、「浄化槽のマンホールを開けて、匂いを嗅ぎ、水を見て、汚泥の状態を見ると、その家の人の生活習慣がわかる」という。真偽の程は定かではないが、経験に勝るものはなく、おそらく正しいのであろう。それらを数値化し、解析し、根拠を持って示すことは、我々、研究者の仕事である。この様な話を聞くと“浄化槽”は、まだまだ、奥が深い!と思わせられる。

 大学生が、進路を決める際に、自分の得意分野を理解し、それらを元に選択することは非常に重要なことである。しかし、興味に勝るものはないと思っている。途中からでも、水環境に興味を持ってくれたら、その門を叩いてみてはどうだろうか?実に面白い分野だと心から思っている。

第49回 「南国温泉地の水環境」 群馬大学 窪田恵一

 大学進学を期に関東へと進出し、今は群馬県に居を構えておりますがそれまでは鹿児島県霧島市にずっと住んでいました。いつの間にやら故郷を離れ10年以上経ってしまいましたが、リレーエッセイのネタとしてはちょうど良いだろうということで、故郷霧島市について水環境を中心に少し紹介したいと思います。霧島市は鹿児島県本土の中央、桜島の北側に位置する都市です。平成の大合併で非常に大きな市となってしまいましたが、その中でも隼人町というところが私の生まれ故郷です。霧島市は、天降川という川が市を縦断するように流れており、それに沿っていくつか温泉地が点在しています。その温泉地はそこそこ歴史があり、西郷隆盛が頻繁に湯治に訪れたり、坂本龍馬の新婚旅行に訪れたりしています。私が住んでいたところも温泉地であり、川底を少し掘ると温泉が湧き出ている場所が近所にありかなり身近に温泉がありました。また、幼少の頃皮膚炎にかかった時は、母親に連れられ近所の温泉へ湯治に行った思い出があります。また、温泉地で温泉も一部用水路に放流されることもあるため、用水路の水温が高く熱帯魚のグッピーなどが生息していると小学生の頃耳にしたことがあります。実際に生息している見たことはないのですが、温泉地ならではの話題だと思います。(写真: 天降川上流の写真)

 さて、もう一つ霧島市の水に関する特徴として、水道水の水源に湧水を使用していることです。霧島市の資料では、水道水源箇所の約半分が湧水となっており、残りのほとんどは深井戸となっています。水質も非常に良好なようであり、塩素消毒のみで提供されています。この周辺の地域は温泉も含めて水資源が豊富であり、霧島市の隣接する町の一つが湧水町と名付けられていることかもわかると思います。湧水を使ったそうめん流しが有名です。とりとめのない内容となってしまいましたが、改めて文章におこしてみると、実に良い水環境に囲まれていたのだなとつくづく思います。



第48回 「レンズの向こうの小宇宙」 千葉県環境研究センター 飯村 晃

 今月(2017年7月)は私にとっては例年にも増して「赤潮」のひと月だった。前月半ばから断続的に青潮が出ていたと思ったら、いきなり東京湾が真っ赤に染まったのだ。

思えば、前任者の突然の異動で東京湾のプランクトンを顕微鏡で観なければならなくなったのは10数年前。生物は全くの素人だから、もう目の前は真っ暗だった。頼りは研究室の大先輩が残していってくれた「写真集」のみ。顕微鏡下に見えたプランクトンの姿と写真集の写真を見較べて「似ている」、「似ていない」、「似てるけど違う?」の繰り返しだった。でもそのうち、「あの辺にあったのでは?」と写真集のページが思い浮かぶようになってきたのには驚いた。ページを繰っているうちに関係ないプランクトン種の姿まで憶えていたらしい。

東京湾には、おおよそ月2回のペースで出ているが、そのたびいろいろなプランクトンに出会える。どうやって進んでいるのかわからないが、優雅に泳ぐ珪藻。宇宙船のような渦鞭毛藻。瞬間移動するのは動物プランクトンのメソディニウムか。単細胞生物ってスゴイ。レンズの向こうの小宇宙に見とれて時の経つのを忘れてしまう。

冒頭の赤潮はプロロケントルム・ミカンス。東京湾の水からはしょっちゅう見つかる種だが、こんなに高密度なのは見たことがない。ここまでくると厄介者以外の何者でもないが、本来植物プランクトンというのは「基礎生産者」として海の生態系を支え、二酸化炭素を固定して深海へ運ぶ者として地球環境を支えている存在だ。これからも地球を支えつつ、私たちに少しだけ「宇宙」を見せてくれる存在でいてほしいものだ。


 昨年度より幹事になりました千葉県の飯村です。リレーエッセイは初めてで、場違いなことを書いてしまったかもしれませんがお許しください。今後ともよろしくお願いします。

第50回 「故郷の田圃を潤した「市の堀用水」 栃木県保健環境センター 齋藤 康司

 今回、日本人の主食「お米」の根幹を担う田圃・農業用水という広い意味での水環境について触れてみたいと思います。  私の故郷は栃木県高根沢町で栃木県の中央部に位置します。県都である宇都宮市に隣接しておりベットタウンである一方、約6割は農地という田園地帯でもあり、農業振興地域としてお米の生産が盛んな地域です。なお、近くにはJR烏山線というローカル線が走っています。(図-1)

 町の東部を流れる「市の堀用水」は鬼怒川を取水口とし総延長約43km、受益面積約2,300haの農業用水路であり、鬼怒川河岸段丘東部の田圃を潤している重要な用水路です。(図-2) 日本三大疎水のひとつ同じ栃木県の「那須疎水」の受益面積が約4,300ha1)といわれていますので同等レベルと言っても過言ではないと思います。













図-1 高根沢町の位置










図-2 市の堀用水と田圃

そこで当時の宇都宮藩の地頭・山崎半蔵たちが水量豊かな鬼怒川からの用水路を計画、上流に位置する喜連川藩の了解を取り付け、領内から多数の人員を動員し1646(正保3)年に用水路を着工し、10年の歳月をかけて1656(明暦2)年に完成しました。これが「市の堀用水」であります。 当初は押上・上松山・下松山・狭間田・狭間田新田(現さくら市)、土室・柏崎・桑久保(現高根沢町)の8村で運営していましたが、のちに長久保新田・蒲須坂新田・箱森新田・谷中新田・根本新田(現さくら市)が加わり、大正時代には芳賀町・市貝町・真岡市まで延長され県中央部の穀倉地帯を潤す大用水路となっています。さらに1962(昭和37)年に上流部に位置する塩谷町の佐貫に新たな頭首工(取水口)を建設し水量を確保してきました。2)

ここで農業用水で維持されている田圃等の機能について触れたいと思います。農業用水路を流れる水は、農産物の土を落とし、農機具の洗浄、防火等の用水、農村環境の保全等、農村地域特有の役割を果たしているほか、最近では、農業用水の有する親水機能、環境保全機能等の多面的機能を維持・利用することが求められており、これらを水田の持つ外部経済効果として、ヘドニック法により試算しますと、その評価額は約4兆6千億円(平成6年公表)に達すると言われています。3)
 代表的な機能の一つとして洪水防止機能があります。水田は四隅を畦畔で囲まれており、上流から流れ込んできた水や、大雨の時は水を一時的に貯留し、ゆっくりと水路や河川に流出させる役割です。
 もう一つが水源かん養機能です。水田にかん水された農業用水や貯められた雨水は、徐々に地下に浸透して地下水をかん養するほか、直接河川を流下するより長い時間をかけて下流の河川に還元され、特段の浄化処理を必要としないで再び下流域で農業用水や都市用水に利用可能です。また、畑についても、表面が耕作され雨水が浸透しやすい状態に保たれることで地下水のかん養に役立っています。3)
 この一帯が穀倉地帯であり環境保全に役立っていることは市の堀用水の存在なしには語れません。その立役者である山崎半蔵については1956(昭和31)年に市の堀土地改良事務所と北高根沢村が主催して没後300年祭を施行し、高根沢町には「三百年供養塔」の碑が建てられております。(図-3)
 田圃への取水が終わる夏の終わり近くになると水路の水量が絞られます。鬼怒川から取水していることもあり、私が小学生のころは40cmくらいのコイを始めウグイ、カジカ、アブラハヤなどを三角アミで捕まえたりして遊んでいました。また、稲刈りが終れば田圃では足場が悪い中、野球やサッカーをして遊ぶなど用水路や田圃は普段の生活に密着しておりました。
 このような自然豊かな田舎町の農業用水路に触れてみたわけですが先人が残してくれた土木遺産に感謝し、将来に渡り用水路の水環境等が維持されることを願いたいものです。
















図-3 300年供養塔


参考資料
 1) 栃木県土地改良史・栃木県土地改良事業団体連合会
 2) 「市の堀」市の堀用水沿革史・石山憲三
 3) 農林水産省HP


第51回「インターンを受け入れる側のドキドキ感について」 茨城県流域下水道事務所 石渡恭之

職場の写真データを整理していたら,うちの職場(茨城県流域下水道事務所 水質管理課)でインターンシップを受け入れた時の写真がでてきました。懐かしい。このリレーエッセイを学生さんがみることもあるだろうと期待しながら,このインターンシップの時のことを題材にさせてもらい,ぜひとも「受け入れる側もドキドキしているのですよ」ということを紹介したいと思います。

インターン受け入れ,ワクワク・ソワソワします
 学生さんの中には企業などでインターンシップを行なう方も多いと思いますが,茨城県庁でもインターンシップを受け入れています。部署により毎年のように学生の応募があるのか,またはあまり来ないのかはまちまちです。ちなみに,私の今いる下水道の水質管理のセクションには,実はあまり来ません。そんな中,珍しく学生の受け入れがありました。
 茨城県の場合ですが,インターンシップの学生がくるということは数週間前から情報がくるのですが,どんな学生なのかなどの詳細は担当は直前までわかりません。「学生,どんな子だろう」という話題が頻発するようになり,「留学生らしい」とか「男の子らしい」とか,情報が一つずつじわじわと伝わってきて,「日本語話せるんだよね」とか,不安を抱きつつ,ワクワクしつつで心の準備をしていきます。

研修計画は日常業務との兼ね合いで
 今回は受け入れの2週間くらい前に,上司より私(入庁10年目)と若手のKさん(入庁3年目)で対応するように指示をうけました。年齢の近い方が学生さんも話しやすいし,学生さんの不安などもわかってあげられるだろうということで,直接の担当はKさんに頼みました。それから課の皆のスケジュールとにらめっこしながら研修計画を立てます。学生さんには申し訳ないのですが,日常業務を滞りなくこなすことがまず求められます。日常業務の実際を見てもらいつつ,でも最大限いろいろな体験をしてもらうにはどうしたらいいだろうかと熟考しました。ここまでくると,まだ見ぬ学生さんに愛情が芽生えてきます。

でも,その計画,見落としはあった
 今回はインターンシップ日程の1日目は県庁下水道課での研修だったのですが,うちの事務所で行う委員会を見学する内容でしたので,そこで本人に会えました。挨拶のできるさわやかな子だ,よかった,ひと安心したのを覚えています。しかし,ここでドキッとしたのは「水質分析をやりたいです」という希望があったこと。うん,そうだ,こちらの都合ばかりで,学生の希望をあまり考えていなかったと反省し,スケジュールを再調整しました。

県職員の仕事を見て欲しい,現場の課題に触れて欲しい
 民間企業とかだと,インターンシップで学生さんの人柄をよく見て,採用のための参考にすることもあるとかないとか聞きますが,うちは役所なので,そのようなことはありません。我々の思いとしては,就職先の候補として県職員を考えている学生さんには,インターンシップで県職員の仕事の実際を見てもらい,志と実際のマッチングを確認してもらいたい。そのうえで,やる気を持って志望してもらえれば,と考えています。また,たとえ県職員にならないとしても,現場の課題を知ってもらえればという思いもあります。例えばうちの事務所であれば,下水道行政の現場で直面している課題などを知ってもらい,その後,もし下水道業界に就職したならば,その課題の解決などを心にかけてもらえれば,とても助かります。
 今回の学生さんは留学生なので(茨城県職員にはなれないので)後者の思いを持ちながらの研修でした。まずは,大学の実験室のリアクターとは異なる,「実プラント規模」というものをよく見てもらい,水処理だけでなく,汚泥の処理などの一連の流れが大切であることを知ってもらおう,また,現在の課題の一つである下水管路の硫化水素対策について,その調査に同行してもらおうなどの思いを巡らせながらプランを立てました。

広く浅くになりましたが,様々なことを見てもらいました,,,我々も勉強になる
 研修内容としては,例えば
・処理能力7,480~200,000m3/日まで,大小規模の下水処理場がある。その違いを肌で感じてもらう。
・硫化水素対策の調査に同行,手伝いをしてもらう。
・水質管理のために水処理工程のどこからどのようにサンプリングを行うのか知ってもらう。
・水質管理のための分析を手伝ってもらう(主に見学だが)。
・化学分析につきものの容器・器具洗浄の大変さを知ってもらう。
(検査のルーチン分析の現場では洗い物が大量に発生する。)
・活性汚泥の中の微生物を顕微鏡観察する。
などを行ないました。
 僕とKさん以外にも,課の職員たち皆で対応させてもらったのですが,職員同士や維持管理業者の方とやり取りするのとは異なり,説明はどこまで噛み砕けばよいのかを考えたり,そのためにあやふやなところを復習したりする良い機会になりました。また,例えば顕微鏡観察など,いつもはあまりやらない(いつもは維持管理業者の方が主に行っている)プラスアルファの技術に挑戦する機会にもなり,我々にとってもスキルアップになりました。

ぜひインターンシップにきてください
 県庁でのインターンシップ,部署によってはどのような内容になるか,またそのストイックさ加減は異なってくると思います。ただし,受け入れに際して,これから社会に出る学生さん達にぜひ伝えたい思いを抱いていること,そして若い活気にワクワクしていることは,きっとどこ部署のどの職員も同じ。学生の皆さんも,気張らずに,その思いにふれてやろうという位の気持ちで,どんどんインターンシップに挑戦してきてほしいと思います。ちなみに,本記事の学生さんは下水道の仕事に興味を持ってくれ,日本の下水道の業界で就職が決定しました。下水道の発展を牽引してくれることを期待しています。

















写真:顕微鏡で見た微生物のポーズで記念撮影筆者(左)と学生(右)
元気をもらってはしゃぎすぎた。

令和6年度 日本水環境学会関東支部 総会・特別講演会

皆様のご参加をお待ちしています。総会・表彰式は本会会員のみのご参加となりますが、受賞記念講演・特別講演会は会員でない方もご参加いただけます。 主 催 日本水環境学会関東支部 期 日 2024年6月8日(土) 場 所 現地とオンラインのハイブリッド <現地> 日本大学理工学部駿河台...